■増え続ける子どもの自殺や教師の離職をなんとかしたい
ー「実りの森」を立ち上げた経緯について教えてください
西野:シニア・スクールカウンセラーという東京都のスクールカウンセラーの支援・助言を行う仕事をしていたのですが、先生方がどれだけ力を尽くしても、スクールカウンセラーがどれだけスキルアップしてもなかなか子どもの自殺が減らない。また、不登校児童・生徒もどんどん増えている現状を見てきました。さらに、先生方の精神的疾患による休職や離職率も増加している状況です。
今ある行政の制度も素晴らしいものなのですが、こういった状況に対して、行政の手が届いていない方々に、そのすき間を埋める役割として、民間で何かできればいいなと思い、一般社団法人「実りの森」を立ち上げることにしました。
―運営スタッフの方々はどういった方々ですか
西野:個人的に元々つながりがあり、実績があってなおかつ様々なニーズに応えられる柔軟性がある方にスタッフをお願いしています。保護者とお子さんの担当を分けるケースもあるので、わたしともうひとり臨床心理士がいます。
臨床発達心理士のスタッフもいて、発達面で支援が必要な場合、臨床心理士と連携して、発達面と精神面の両面をケアできる体制をとっています。さらに精神的な負担になる「経済的不安」を払しょくするために、ファイナンシャルプランナーが相談に応じることで、包括的に統合したご支援を目指しています。
(左から)理事で1級ファイナンシャル・プランニング技能士の伊藤江里子さん、代表理事で臨床心理士・公認心理師の西野薫さん、理事で臨床心理士・公認心理師の渡部明子さん
■カウンセリングには何よりも「見立て」が大事
―自殺する子どもが増えている背景はなんでしょうか
西野:昔ならば自宅で出産することで、命が生まれることってすごいことなんだなって実感できた時代と、お母さんが2~3日入院して、帰ってきたら赤ちゃんがいるという暮らしでは、命に対する感覚や捉え方も変わってきているのだろうと思います。自傷行為をしている子どもたちから「生きている実感がわかない」という言葉を聞くことも多いです。人や命のつながりが希薄になっていますね。
―児童や思春期、青年期のカウンセリングとはどういったことをするのですか
西野:「実りの森」では、まず「見立て(アセスメント)」を何よりも大事にしています。「見立て」は支援の羅針盤になります。その子が本当は何に悩んでいるのかをまずは判断します。
たとえば、不登校と一概に言っても、学校に戻りたいと思っているのか、あるいは自分は本当に人との接触が苦手だから、何か将来的に大勢の中に入らなくてもやっていけるようなスキルを身に着けたいと思っているのか、そういったことでも必要な支援は異なってきます。
本心として〝無意識レベルでどうしたいのか〟ということを心理士の技術で的確に捉えた上で、手立てとして、この方は精神分析的なアプローチが効果的だなとか、この方は行動療法的なアプローチが効果的だなとか、基本的な方針を立てます。
―子どもや若者の保護者の方のカウンセリングもされていますね
西野:子育ては、保護者の方の子どもの頃の体験なども多かれ少なかれ反映されています。親子関係が良かった方ばかりではありません。そうすると子どもとの関係の中でも、「いっぱいほめてあげたいのだけれども、なかなかほめるのが難しいんです」という方がいらっしゃったりします。
また、中には子どもとの関係の中で感情が抑えられなくなる方もいらっしゃいますので、手当としてのカウンセリング…深いレベルの心のケア…が必要になってくることがあります。「実りの森」は支援者の支援に力を入れています。子どもを支える保護者様の心のケアは特に大切だと考えています。保護者様ご自身が、まず、活き活きと暮らせるお手伝いができたらと願っています。
■教師が疲弊し学校が成り立たなくなる危機的状況
―一方で精神的に病んで休職したり離職する教師も増えていますね
西野:バーンアウトする先生方が増えていますね。〝いつになると楽になる〟というのが、先生方にはなくて、ゴールが見えないがゆえの辛さもおありかなと思いますし、生徒指導提要も改訂(令和4年12月)されましたが、個別性を大切にしていく上では、お子さんや保護者への対応で工夫が必要なケースもどんどん増えてきています。
高校だと1クラスに40人程度の生徒がいますが、その生徒たちに個別に対応することは並大抵のことではありません。忙しくなればなるほど、先生同士で他愛ない会話をする時間もなくなり、先生自身が孤独な状況に置かれしまうこともあります。
休職者が出ても代替が見つからない…それでも、今は先生方が歯を食いしばって持ちこたえてくださっていますが、もう、官民一丸となって先生方を支えていかないと、これから先、今の学校教育が成り立たなくなるような状況になってきていると感じます。
生徒や保護者の対応に追われる教師
(※写真はイメージです)
―先生方のケアもされるとのことですが、どういうケアですか
西野:リラクゼーションを含めて、先生方がホッとできる時間を提供させていただくというのと、カウンセリングとして、先生方が仕事に限界を感じているとか、仕事に限らず悩み事があるなど、無意識レベルのひっかかりを緩和していきます。また、子どもや保護者への対応に関するコンサルテーションもさせていただいています。
現実的な対応に関するコンサルテーションと心のケアのカウンセリングを両輪としてやっていきたいと思っています。それが「実りの森」の先生方に対する包括的支援です。
■堂々と気軽にカウンセリングを受けてほしい
―発達検査もされるそうですが、どういった検査ですか
西野:「実りの森」で使っているのは、WISC-VとWAIS-IVという70年以上の歴史のある発達検査です。検査を受けられた方の中で、知覚として「耳で聞くもの」「目で見るもの」が、どんなふうに脳内で情報処理されているのか傾向を知ることができます。
それによって、もし聴覚的な情報処理が苦手なお子さんがいらっしゃった場合には、学校で授業を聞いていても、先生の言葉だけでは理解ができないけれど、板書してもらうと理解が進むといった場合があります。たとえば、学校のテストが20点でも、もしかしたらその苦手を補えるようなものがあると、80点とれたりします。
WISC-VとWAIS-IVは、学習障害かどうかがわかる検査ではないのですが、本人の知能の特性がわかることによって、サポートの手段をご提案しやすくなります。何が苦手で何が得意なのかをみながら、得意な能力で苦手な部分を補えれば生活しやすくなっていきます。
発達検査を受けることのメリットはたくさんありますが、まず、自身の知能の傾向を知ることができます。能力の傾向と言ってもいいかと思います。傾向がわかれば対策も立てられます。「実りの森」の発達検査は数値の説明ではありません。その先の「生きやすさ」を見出すための検査です。保護者様も先生方も受けられます。
精神的な負担になる「経済的不安」を払しょくするために、ファイナンシャルプランナーが相談に応じる
―発達臨床支援とはどういうものですか
西野:長年、都立の特別支援学校で特別支援コーディネーターをしていた先生が、発達臨床のスタッフとして加わってくださって、生活面での悩み事、たとえばよく約束を忘れてしまう人は、引き出しの中に入らないのか、つまり、記憶することが苦手なのか、あるいは、引き出しが開きづらい、つまり、記憶しているけれど思い出しづらいのか…そういった点を発達検査の結果も含めて見極めます。
その見極めをした上で、引き出しが開けにくいのであれば、スマホのリマインダー機能を使ってみようとか、ホワイトボードにこういうふうに自分のスケジュールを書いて、終わったものから消していこうとか、色々な手立てを提案して、実践を継続的に支援していきます。
―現在、クラウドファンディングをされていますね
西野:「実りの森」では、先生方が元気でこその子どもたちの豊かな学校生活…と考えています。支援金を集めることが目標というよりも、官民一体になって先生方を支えていく土壌を形成する一歩になると良いなと思っています。そのために「実りの森」として、こういう試みをしているということを、クラウドファンディングを通じて多くの人に知っていただきたいと願っています。
―読者へのメッセージをお願いします
西野:「実りの森」ではカウンセリングをもっと身近なものにしたいなと思っています。整体院にいって身体のメンテナンスをする方は多いかなと思うんですが、心がケアされることで、人生はもっと豊かになります。
日本人は、自己実現を含めて心のメンテナンスを後回しにしているなと感じています。アメリカほど日常的にならなくてもいいとは思いますが、ひっそりとではなく、堂々と気軽にカウンセリングを受けてもらいたいと思います。
西野 薫(にしの かおる)
一般社団法人「実りの森」代表理事
臨床心理士・公認心理師
早稲田大学大学院修士課程修了
北海道出身
都立学校運営連絡協議会委員
一般社団法人「実りの森」ホームページ:https://minori-no-mori.com/
クラウドファンディング・サイト:https://for-good.net/project/1000894
西野薫さんとの出会いの場:川崎市中原区100人カイギ
現代社会は、地縁、血縁、社縁(職場の縁)が希薄になり、個々人がバラバラに分断され、多くの人が孤立するようになりました。そんな社会を修復するにはどうすればいいか。その一つの解が、新たなコミュニティを創造することだと思っています。