■街自体を共用部と考えて魅力を高める
―武蔵新城の大家として、目指していることは
石井:石井家はもともと江戸時代から武蔵新城の農家だったのですが、曾祖父の時代から、大家として不動産業をやるように、徐々に変わっていきました。それで不動産業を家業としてから4代目ということです。
父の時代はバブル期とその終焉期に当たりますが、まだ人口減の手前で川崎市の立地が良くなった時代で、ワンルームマンションを造れば、どんどん入居が決まりました。
それが、1990年頃にバブルがはじけ、武蔵新城での不動産業も徐々に環境が悪くなり、リーマンショックや東日本大震災もあって、造れば入居が決まるという時代から、家賃も下落して入居が決まらなくなってきた時代に突入していきます。そこで、自分が先祖から預かった資産を維持するにはどうすればいいかということが、僕の中でのテーマになりました。
最初は建物の価値を上げるなど、どうしたらお客さんをつかまえられるのかをずっと考えてきましたが、今は、武蔵新城という街のマーケットを大きくしようと思っています。武蔵新城という場所に住みたい人を増やせば、自分の物件も自然に決まるでしょう。ですから、この場所に関わる人、住みたい人をいっぱい創ることが、今の目標になっています。
―それが石井さんの会社・(株)南荘石井事務所のブランドコンセプトに現れていますね
石井:3つの「Re」(ReNovate、ReStart、RePort)がコアなコンセプトです。「ReNovate」というのは、住みやすい環境を作ることで、「ReStart」というのは新しい生活を始めること、「RePort」というのは街の魅力をインターネットなどを通じて発信し続けることです。この3つのキーワードで人々が集う街にしていきたいと思っています。
―街全体を大きな共用部分として住民同士でシェアリングするということですか
石井:どんなに建物に付加価値を付けたとしても、街がなくなれば住む人もいなくなるわけです。それを考えたときに、街自体を共用部分として考えて、人が引き寄せられる魅力がなければと、徐々に視座が高くなりました。
子連れの女性たちが集うカフェ「新城テラス」
■集合住宅に個性的な共用部を造る
―ある方から「大家とは、人生貢献業だ」と言われたそうですね
石井:大家として、場所と機会を提供することによって、入居者がこの武蔵新城でどういう経験をしてどういうキャリアを形成していくのかということが非常に重要だと思っています。ただ寝に帰ってくるだけの場所ではなく、この街だからこそ、こういう経験をして成長できたよと言える場所にしたい。それを人生貢献業という言葉で言ってくれたんだと思います。
―集合住宅の共用部のカフェ「新城テラス」やコワーキングスペース「新城WORK」は個性的ですね
石井:最初からそういった個性をイメージして造ったわけではありません。最初は人が集まる場所を造らなければいけないと思って新城テラスを造りました。子育てしているお母さんたちを呼び込みたいという思いがあって、新城テラスはベビーカーもそのまま入れるおしゃれなカフェを意図しました。
その延長線上で、地域の人たちがグループで集うことができるレンタルスペースとしてPASAR
BASE(パサールベース)を作ったのですが、そういう場を展開したときに、お店を始めたいという方々も出てきました。そこで、お店をやりたいという起業だけではなく、街の中で働く人を増やしたいという思いでコワーキングスペースとして新城WORKを造りました。
■地域をコミュニティで溢れさせる
―地域をコミュニティで溢れさせたいとか。どういう仕掛けを考えていますか
石井:仕掛けはこれからですね。地域をコミュニティで溢れさせることが僕の課題の答えじゃないかと思っているだけです。一つの地域を一つのコミュニティでまとめることは無理だと思っていますが、コミュニティがばらばらでもいっぱいあれば、どこかに所属できるし、誰かと友達になれます。
そう思った理由は何かというと、自社の物件は独り暮らし向けが多くて、一つの建物の中でつながりを持とうとするのが、とても難しいんです。たとえばサーフィンが好きな人は、同じ建物の中でサーフィン同好会を作るのは無理かもしれません。しかし、武蔵新城にはサーフィンが好きな人たちのサークル活動があります。そこに行けばいいのです。
同じ建物の中にコミュニティがなくても、地域の中のコミュニティにつながればいいのです。孤立しているご年配の方が増えていることが問題になっていますが、そういう方たちも趣味で人とつながることができます。ですから、趣味のコミュニティなどをたくさん作って、そこにどこからでもアプローチできるようにすれば孤立せずにすむのだと思っています。
―人を巻き込む力がとてもありますね
石井:うーん、僕自身は人を巻き込むのが下手だと思っているんです。最近、とても悩んでいるのが、巻き込んだのはいいけれど、自分がそこにいられないという場面が増えていることです。「ReStart」する人たちが、自立して主体的に動き出すことのサポートをすることが役割であって、活動自体をお手伝いすることではないと自分に言い聞かせるようにしています。
何かを始めようとしている人がいると「お手伝いをしたい」と思ってしまうのですが、「すべてのお手伝いはできない」ので、その人が生き生きと活動することを見守ることが大切なんだと気づきました。「きっかけ」はサポートするけれど、「活動」は見守るということですね。
そのへんが、バランスとして非常に難しいなと思っています。ですから、自分の存在がどういうポジションなのかという過渡期に来ていると思っています。
地域に関わっていると、僕の立場では、それぞれの課題が同時並行的に見えてきます。そうすると、全部やりたくなってしまうのです。また、その解決策を引き出しとして持っていたりもするので、「あ!これをやればいいのでは」と思い、動き出してしまいます。その幅がとても広がってしまったというのが、今の状況ですね。
武蔵新城で働く人を増やすために開設されたコワーキングスペース「新城WORK」
■おカネの話とやりたいことの両輪が回る街にする
―今後の展開をどう考えられていますか
石井:目的は何だっていう話になると、入り口は自社の物件を入居者で埋めたいということでしたが、そこから徐々にこの街全体を盛り上げたいということに移っています。それには、この街に住んでいる人たちのビジネスが成立していないと、この街も廃れると思うので、そこはちゃんと自走できる地域にしていきたいと思っています。
それには、この街に住んでいることで満足度があがる人たちをいっぱい創ることです。ビジネスが成立せず趣味だけでは街は成り立ちません。逆に言えば、趣味の人たちが集まることで、何かしらビジネスも成立するはずです。おカネの話と趣味などやりたいことの両輪がちゃんと回るような街を造り続けるのが僕の目標です。それをやっている限り、自分のビジネスもちゃんと回るはずだと思っています。
自分や家族のことを含めて、幸せな環境を築くことで、幸せな人を創っていくことが最終的な目的でもあります。それは僕が分け与えるものではなくて、自分たちでちゃんと稼げる人たちをいっぱい創らなければいけないし、稼げる街にしていけば、その先に趣味を楽しむ笑顔があふれる賑やかな街になると思っています。
―読者へのメッセージをお願いします
石井:僕は学生時代、アメリカンフットボールをしていたのですが、アメリカンフットボールって役割分担のスポーツなんです。ポジションによって全然、スキルが違っていて、それぞれの役割を全うすることで成り立つスポーツです。
ですから、仲間を信じることを何より大事にしています。逆に言えば、信じてもらうには、チーム全員が仲間と同じレベルで強くなければいけない。武蔵新城もそういう強い街にしたいという思いがあります。全員が、自立できて、楽しめる街ですね。そうすれば、賑わいの絶えない街になると思っています。
株式会社南荘石井事務所(セシーズイシイ)ホームページ:https://seses-ishii.jp/
現代社会は、地縁、血縁、社縁(職場の縁)が希薄になり、個々人がバラバラに分断され、多くの人が孤立するようになりました。そんな社会を修復するにはどうすればいいか。その一つの解が、新たなコミュニティを創造することだと思っています。