孤立という病を「社会的処方」で治す「暮らしの保健室」

孤立という病を「社会的処方」で治す「暮らしの保健室」

「病気になっても安心して暮らせるまち」を目指して開設された「暮らしの保健室」。ささやかな悩みにも耳を傾けてくれます。また、孤立・孤独の問題に対し地域のつながりで解決を目指す「社会的処方」の実践も行っています。そんな「暮らしの保健室」を運営する一般社団法人プラスケアの代表理事で医師の西智弘さんにお話を伺いました。


医療者と市民とが気軽につながれる場を立ち上げる

―病院の勤務医として働きながら「暮らしの保健室」を立ち上げられたきっかけは

西:僕は癌の専門医なのですが、癌の患者さんの中には、病気を抱えて生活していくうちに、周囲の理解が得られずに、こんな苦しい思いをしているのは自分だけに違いないと思ってしまい、誰も自分のことを分かってくれないと、どんどん孤立していくケースがあります。そういったことは、病院の中ではどうすることもできないので、何とかしなければいけないと考えていました。

 

その当時、武蔵小杉にNPO法人小杉駅周辺エリアマネジメントという組織があり、その中で健康と街づくりを一緒に考えるというテーマのプロジェクトが立ち上がりました。

 

このプロジェクトを一緒にやっていく中で、地域が「病気になっても安⼼して暮らせるまち」になることを⽬指して、医療者と市民とが気軽につながれる場として「暮らしの保健室」のようなものが、街の中にも必要だという話になったのです。

 

ただ、既存の枠組みの中で進めていくには難しい部分があったため、「暮らしの保健室」を設立・運営するために、2017年に一般社団法人プラスケアを立ち上げました。

「地域とのつながり」を処方して問題を解決する

―「暮らしの保健室」の活動の中で「社会的処方」を始められましたね

西:自編著『社会的処方』(2020年、学芸出版社刊)の冒頭にも書きましたが、ある婦人が「暮らしの保健室」を訪れて、夫が認知症と診断されたこと、今では人付き合いもなくなり、ほとんど引きこもり状態になってしまったことを話されました。かかりつけ医は薬は出してくれるものの、生活についての相談には乗ってくれない。誰からも助けてもらえず、気が滅入ってしまうという相談でした。

その話を聞きながら、「私には何もできることはない…」と心の中で無力感を感じていました。そういう思いをしている中で知ったのが、社会的処方です。社会的処方とは薬を処方することで患者さんの問題を解決するのではなく、「地域とのつながり」を処方することで問題を解決するというものです。

 

その婦人の相談を聞いた時に、社会的処方という概念を知っていれば、孤立している彼女を社会的につなぐとか、あるいは引きこもっている旦那さんを社会的につなぐことなどの発想があったのかもしれないと思いました。

街のひとりひとりが「リンクワーカー」になる

―「暮らしの保健室」ではどのように社会的処方を実践されていますか

西:たとえば、暮らしの保健室に来ていただいて、悩みを話していただいたときに、「あなたの場合であれば、地域のこういったところとつながったらいいのではないでしょうか」と相談者の方と社会的資源をつなげるアドバイスをすることもあります。

 

僕自身は、この武蔵新城の「暮らしの保健室」にいることは、月に12回程度しかないので、ふだんは、僕自身がというよりは、スタッフがそういった悩みや相談に乗っています。

スタッフがリンクワーカーの役割を担う

―リンクワーカーと言われる役割の人たちが重要視されていますね

西:リンクワーカーとは、社会的処方をしたい医療者からの依頼を受けて、相談者や家族に面会して、社会的処方を受ける地域活動とマッチングさせる人のことで、街のことをよく知っていて、その社会的資源と相談者をつなぐ役割を果たす人といったイメージですね。

―「暮らしの保健室」の中にもリンクワーカー的な方はいらっしゃいますか

西:看護師や臨床心理士の資格をもつコミュニティナースたちがスタッフとしてリンクワーカー的役割を担い、中心となっています。ただ、イギリスなどではリンクワーカーに資格が必要ですが、日本の場合には、そういう資格みたいにしていくのでなく、街のひとりひとりが、リンクワーカー的な役割を果たしていく方が、好ましいと思っています。

社会的処方の3つの理念とは

―社会的処方には、3つの理念があるそうですが、まず「人間中心性」とはなんですか

西:人間中心性というのは、その人その人によって、適切な社会的処方は違うということです。たとえば、80代の男性で眠れないという悩みで来た人たちには、同じ薬を出しても同じ効果を得られます。

 

一方、社会的処方の場合、同じ80代男性でもAさん、Bさん、Cさんは、それまでの人生が違いますし、興味・関心も違うので、社会的資源につなげるときにも、各々全く違ったものになるということです。

 

社会的処方をする場合には、相談者がどんな人間で、何に興味があって、どんな人生を歩んできて、どういうことをこれからやっていきたいと思っているのかを聞いていくことがまずは大事だということです。

―エンパワメントとはなんですか

西:エンパワメントとは、もともと持っているその人の力を引き出すという意味です。基本的にはリンクワーカーとして動く人たちが、病気や障害を持っている人や高齢者、子どもであっても、それぞれの方が持っている社会とつながる力を引き出してあげるということです。

 

高齢者は弱々しいから守ってあげなければならない、子どもだから保護してあげなければならない、という発想ではなくて、そういう人たちでもみなさん、自分たちがやりたいことや表現してみたいこと、こういう形で社会とつながることができる力があるはずだから、それを信じて、その人の話をきちんと聞いて、その想いを引き出してあげることです。

―共創ということも重視されていますね

西:相談者の興味・関心が、必ずしも既存の社会的資源とマッチするとは限りません。たとえば、ジャズが好きな人がいるときに、たまたま近くにジャズバーなどがあれば、そことつながればよいかもしれませんが、音楽のジャンル一つをとってみても、クラシックもあればレゲエやロックもあります。

 

そういうことにひとつずつ対応できる街というのは存在しません。それでは、その人の興味・関心で街とつながることができないのか、といえばそうではなく、ロックが好きだということをどう街の中で表現する方法があるのかということで、一緒に考えましょうということです。

 

この中原区であれば、どこかにスペースを借りて、ロックフェスみたいなことができないのか、あるいはロックのことを語るだけのイベントをやっても面白いのではないかとか、そういうことを一緒に作っていくことを大事にしています。相談者と社会とのつながり方を一緒に作っていくことが共創です。

武蔵新城の「暮らしの保健室」

―中原区はそういう理念を持った市民リンクワーカーが育つ土壌がありますね

西:そうですね。中原区はコミュニティ活動が盛んなので、市民リンクワーカーが育つ土壌があります。市民の皆さんのひとつひとつの活動が、この街では独自に花開いていて、素晴らしいと思っています。その中で、僕ら医療者がつながって、孤立している人たちをそういう社会的資源につなげていくといいと思っています。

―読者へのメッセージをお願いします

西:武蔵新城に固定した拠点を持つことで、すごく多くの方が来訪してくれることになりましたが、その分コストもかかるようになり、経営的に維持していくのが精いっぱいという状況です。中原区にこういった活動拠点が今後も必要だと思っていただければ、ぜひ、ご寄付やご支援をいただけると嬉しいと思っています。

 

最後になりますが、社会的処方EXPOというイベントを毎年やっていて、今年は京都で開催したのですが、来年は39日(日)、武蔵小杉の川崎市コンベンションホールで開催します。川崎市の色々な方々に手伝っていただき、オール川崎で、全国からの来訪者をおもてなししたいので、みなさんにお声がけさせてもらおうと思っております。よろしくお願いします!

この記事のライター

現代社会は、地縁、血縁、社縁(職場の縁)が希薄になり、個々人がバラバラに分断され、多くの人が孤立するようになりました。そんな社会を修復するにはどうすればいいか。その一つの解が、新たなコミュニティを創造することだと思っています。

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