■子どもに絡む問題が噴出したことがきっかけ
―このプロジェクトを始めたきっかけは
堤:ミヒャエル・エンデの『モモ』をアレンジした「グレイッシュとモモ」という作品の上演がこのプロジェクトの中心ですが、この演目の初演が1996年です。
当時、子どもの自殺やいじめ、不登校児が急増している時期でした。子どもに絡む様々な問題が噴出している時代に、彼らの心に届くような演劇を上演したいと思ったのがきっかけです。
―もともとグラフィックデザイナーをやられていて、そこから演劇につながっていったのはどうしてですか
堤:たまたま、小中学生時代の同級生に「(同窓の)酒井晴人さんが小劇団の座長をやっているから、一緒に観に行こうよ」と誘われて、1990年頃に公演を観に行きました。それが激弾BKYUの公演だったのです。
それからこの劇団のみんなと付き合うようになって、劇団の制作を手伝ったり、バブルが弾けるまでは激弾BKYUのプロデュースしたり、地方公演などの依頼を受けたりしていました。
そんな中で、どうしても子どもたちの心に届く作品を作りたいというモチベーションが自分の中でふつふつと高まって、酒井さんなどに相談しながら一緒に作ったのが、「グレイッシュとモモ」という作品です。
賑やかなダンスシーン
その作品を1996年に初演したときに、プレビュー上演のような形で、本番の前に新聞社の方や教育関係者の方々に観てもらったのですが、とても評判が良くて、「これからも上演した方がいい」と言ってくださいました。
また、この公演が口コミで広がって日本各地の「不登校の親の会」の方々が実行委員会を結成して、自分たちでチケットも売るので、上演してくださいという依頼が何度かあったり、高校生の観劇作品として呼ばれたり。
その合間に、劇場でやるほどのお金はないけれど、なんとかして子どもたちに見せてほしいという要請があって、演出家や主演女優と相談すると、彼らがいろんなバージョンを作ってくれました。8人バージョンや4人バージョンなどで、コミュニティスペースとかで、照明がなくてもできるようなお話に作り変えてくれたのです。
究極は、主演女優が自分一人で語るというドラマリーディングを生み出して、それは今にもつながっています。そういう風にこの作品の上演は、初演以来ずっと続いていました。
■子どもの相対的貧困率の拡大に衝撃を受けてプロジェクト化
2015年には、川崎市立柿生中学校の教頭先生から「自分の学校で上演してほしい」と依頼されました。今の子どもたちの中で、演劇を観に行く機会を持つ子は本当に限られています。そこで、初めて学校の体育館で上演するという試みをしました。
2016年は、この作品の上演20周年だったので、何かやりたいということになり、そこでいろんなプランも出たのですが、「誰に見せたいか」という原点に立ち戻りました。ちょうどそのころ、厚生労働省から、子どもの相対的貧困率が7人に1人という発表が飛び込んできたのです。
食事にも事欠くという状態の子どもたちが急増しているという報道に衝撃を受けました。貧しくて食べるものもない…文化どころじゃないという考え方はもちろんあるのですが、私は逆だと思っていて、空腹を満たせないのならば、なにか別の形でその子の未来への希望につながるフックになるようなものが、必要だと思ったのです。
でも、今は、すべてにおカネがかかります。どうしたら、そういう子たちでも生の芸術に触れてもらうことができるのかを考えたら「タダ」しかないわけです。無料で上演するときに必要なのは、一番おカネがかかる劇場費を浮かすことです。そこで学校の体育館を劇場にしました。それが、20周年記念事業の始まりです。
出演者が勢ぞろい
とにかく1回やってみようと、かつて私が在籍した中原区のダンウェイ株式会社の社長に相談したら、認定NPO法人キーパーソン21代表の朝山あつこさんを紹介してくれました。
キーパーソン21は「寺子屋事業」を川崎市中原区の今井小学校で運営していて、その寺子屋事業のプログラムの一環として、毎年、演劇を上演してはどうかということで、今井小学校のご協力もあり、体育館上演が実現しました。
毎年、上演するごとに新たな試みが加わり、2019年からは、一般の子ども・大人が参加するダンスシーンの演出が加わりました。インクルーシブなダンスチーム「レイベル」を率いるダンサーREINA★cocoが、障がいの有無や年齢に関係なく、ダンスに参加したい人たちみんなをレッスン指導し、本番まで導いてくれます。
公演に参加、来場される多様な方々と接しながら、私たちの意識もより「多様性」を重視するようになりました。今は、いろえんぴつプロジェクトのメンバー全員が、「クリエイティブをまんなかにして」みんなでユニバーサル空間をつくることを心がけています。
そして、毎年、無料公演を続けるこのプロジェクトを持続可能なものにするために今年はNPO法人化を目指しています。
■想像力さえあれば苦境は乗り越えられる
―このプロジェクトでは、想像力をとても大事にされていますね
堤:想像力ってファンタジックなものだけではなくて、自分以外の人のことも考えられるとか、自分を取り巻く世界以外のことにも思いをはせる力になり、とても大事なものだと思っています。想像力があれば、たとえば今、苦境にあっても追い詰められる前に他の逃げ道なり、飛び越え方なりを考えることがしやすいと思います。
しかし、その想像力は勝手には育っていかないものです。やはり、いろんなものを見聞きしたり、いろんな教育を受けたり、いろんな人と出会ったりする中で、様々な刺激を受けて形成されるものです。
私が20代の頃には、色々なトライ&エラーを繰り返して、想像力の糧になる引き出しを増やしてきたので、今の子どもたちにもとにかく引き出しを増やしてもらいたいと思っています。ただ、エラーと言うのは、自分だけでは修復できないものもいっぱいあります。
私たちは大人の力を借りてエラーを修復できた時代に育っていますが、今の子どもたちは、エラーをするとめちゃくちゃ叩かれます。これでは失敗できないよねと気の毒になります。親から失敗しないように育てられる。でも、失敗しないと学べないし、経験とはそういうものです。
観客ととけあう
■自分にとってのリアリティを見つけてほしい
―『グレイッシュとモモ』が今の若者の心を打つのはどういう点でしょうか
堤:人はその人自身の持っている色がみんな違う。その人が自分の色で輝けば、人生を豊かに送れます。主人公のモモは自閉症的な子どもとして登場しますが、自分らしく自分の楽しいことを探して人と接していきます。
すると、そのモモの個性を町の人が認めてモモのことを大好きになって、モモがモモのまま愛されるという関係性ができていき、それを観客が追体験することができるのです。
不登校になる子というのは、自分らしく過ごせず辛いから学校に行かなくなるのですが、この劇では自分らしく生きることが幸せにつながるということを訴えているので、そこが共感を呼ぶところだと思います。
―読者へのメッセージをお願いします
堤:想像力が本当に必要だという話をしましたが、もうひとつ、リアリティもすごく重要だなと思っています。私が敬愛するロックスター、デヴィッド・ボウイが「君たちが本当にしなくちゃいけないのは、自分で自分にとっての本当のリアリティを見つけ出すことなんだよ」と若いインタビュアーに語っています。
「人はあらゆることについて『これがリアリティなんだよ』と差し出してくる。そんなものをリアリティだと思っちゃいけない。リアリティと言うのは自分で探すもので、誰かが自分にリアリティを差し出してくれるなんて思っちゃいけない」と言葉を続けているのですが、とても共感します。
今の若い子たちは、社会が差し出す「普通」というリアリティにコンプレックスを持つ繊細な心を持っていますが、それは違います。
自分が経験してつかんだことがリアリティであって、そのリアリティに気づくにはやはりイマジネーションが必要です。自分の生涯を支えてくれる想像力を身に着け、自分にとってのリアリティを見つけてほしいと思います。
■「学校の体育館がみんなの劇場になる日」
演目:「グレイッシュとモモ」
開催日時:2024年3月23日(土)14時開演
会場:川崎市立今井小学校体育館
*観劇の予約等詳細はいろえんぴつプロジェクトホームページでご覧ください
■いろえんぴつプロジェクトホームページ
■メイキング オブ グレモモ 「学校の体育館がみんなの劇場になるまで」
https://www.iroenpitsuproject.com/making-guremomo2023/
現代社会は、地縁、血縁、社縁(職場の縁)が希薄になり、個々人がバラバラに分断され、多くの人が孤立するようになりました。そんな社会を修復するにはどうすればいいか。その一つの解が、新たなコミュニティを創造することだと思っています。