■大学生になってはっきりと性自認
―中学生時代、恋愛対象が女の子かもしれないと感じたそうですね
柳尾:同級生の女子にちょっと身体を触れられたりするとドキッとした経験や、好きだなと思う女の子が近くに来るとドキドキしたのが、最初の感情です。ただ、それが恋愛なのかどうかは、当時はわかりませんでした。
―高校生になって女子と交際することになったとか
柳尾:ある女子と両想いになって、「あ、やっぱり自分は女の人が好きなんだな」と気づきました。ただ、高校生の時は、女性は男性を好きになるのが当たり前で、同性を好きになるのはいけないことだという認識があり、交際を秘密にしていました。
―大学に入ってからは堂々と同性と交際することができたそうですね
柳尾:大学に入ると状況が一変して、同性同士で交際する人も多く、自分のように女性でも男性のようなふるまいや装いをする人たちが多かったので、何も隠さずに生活ができました。
―大学時代にははっきりと性自認ができたのでしょうか
柳尾:高校時代の友達が、社会人で働くようになって、手術やホルモン注射をして戸籍を女性から男性に変えたんです。それを知って、男性になれる、戸籍も変えられるんだということに気づいたのです。その時、私もいつかはそうなりたいと思いました。

大学時代はソフトボール部で活躍
■自衛隊では女性であることでの「特別扱い」がしんどかった
―そういう想いを抱えながら男女の別の厳しい自衛隊に入ったわけは
柳尾:身体を動かす仕事をしたいと思ったからです。そうなると公務員かなと。消防、警察、自衛隊…。その時は、女性でも男性と同じように仕事ができると思っていたし、体力にも自信があったので、自衛隊に入隊しようと思ったのです。
―自衛隊は圧倒的に男社会ですが入隊してどうでしたか
柳尾:男扱いしてくれるかなと思っていたのですが、当時、女性隊員というのが本当にごく少数で、ほかの男性隊員も女性隊員をどう扱っていいのかわからず、「女性だから力仕事はしなくてもいいよ」といったように、逆に気を遣われました。
普通の企業よりも逆に男女の別がしっかりしていて、私にとってはそこがすごくギャップでした。男性のように働かせてくれるのかなと思っていたのに、そうではなかったことが一番しんどかったです。
―自衛隊を辞めてプロボクサーになろうと思ったのはどうしてですか
柳尾:大学4年生で部活を引退してから自衛隊に入るまでの半年間、横浜のボクシングジムに通うようになりました。そこで、すっかりボクシングにのめりこんでしまったのですが、自衛隊に入るためにやめざるを得ず、いったんボクシングとは距離を置いていました。
自衛隊での最初の半年間は教育だったので、みんなで切磋琢磨することにすごい楽しさとやりがいを感じていましたが、教育が終わるとただルーティンの仕事をこなしていくという毎日になっていきました。自衛隊で熱くなれる目標がなかったのです。
自衛隊での日々に楽しさを感じなくなっていた時に、先輩の女子プロボクシングでのタイトルマッチの試合を観に行って、「かっこいいな!これだけ熱くなれることをやりたいな」と思い、自衛隊を辞めて、女子プロボクサーを目指すことにしました。

自衛隊では熱くなれる目標が見つからなかった(右)
■あえて「LGBTQプロボクサー」を名乗る理由
―自衛隊を辞めた時に戸籍を変えて、男性として生きていこうとは思わなかったのですね
柳尾:たしかに自衛隊を辞めて戸籍を変えて男性として生きていけば、幼少期からの願いが叶うとは思いましたが、男性になったところで、目標として熱くなれるものがあるかといえば見当たらなかったので、だったら今やりたいことをやろうと思ったのです。それが戸籍を変更してできなくなるならば、戸籍を変えるかどうかは先延ばしにしようと思いました。
―あえて「LGBTQプロボクサー」を名乗るのはなぜですか
柳尾:女子プロボクシング界で、LGBTQであることを公表している人はほとんどいません。しかし、LGBTQとして生きながら、ボクシングをやっている人もいるんだということ、アスリートでこういう生き方をしている人間がいるということを知ってもらいたいので、「LGBTQプロボクサー柳尾」として、セットで覚えてほしいと思っています。
―ボクシングを始めてメンタルで変わったことはありますか
柳尾:リングの上では一人なので、誰にも助けを求められません。そんな自分一人で戦う空間を知り、メンタル面では強くなりましたね。今でもリングに上がると緊張はしますが、その空間に打ち克てる自分が好きです。

リングという一人で戦う空間でメンタルが鍛えられた
―ボクシングの世界でLGBTQであることを公表して、その影響や反応はどうですか
柳尾:理解されないことが多いかなと思っていましたが、周囲はすっと理解してくれました。予想外に、あっさりと「そうなんだ」という感じで、普通に接してくれます。その面では、感謝しているというか、理解がある人たちが多くてありがたいです。
―男性と自認している自分が、女子プロボクサーであることの葛藤はありますか
柳尾:葛藤ではありませんが、ずっと引っかかっている部分ではあります。ただ、ボクシングがとても好きで楽しく、その思いを上回るものはないので、今は、プロとしてやっています。とはいえ、女子という言葉にはちょっと違和感は感じています。ですから、この先もずっと長くやっていきたいとは思っていませんが、チャンピオンになるまではやりたいので、あと1~2年は続けるつもりです。
■心は男性でも身体は女性のままでいい
―勝つこと以上に大事にしている「何か」はありますか
柳尾:自分には絶対に負けたくないですね。試合には負けても、自分には克ちたい。心が折れたくはないのです。試合前の練習でも、試合中であっても。私は結構、弱気になるところもあるのですが、どんな試合内容でも自分に克って終えたいという想いがあります。
―周囲との摩擦や偏見があったときに、どうやって乗り越えてきましたか
柳尾:そういうときは、「この人はそういう考えなんだな」というふうに壁を作ってしまうことはあります。人それぞれ色んな考え方があるので、必要以上にムキになって理解してほしいとは思いません。オープンにして、嫌な思いをしたときは、そんな人と関わらないようにすればいいだけですね。

試合に勝つこと以上に自分には絶対負けたくない
―障がい者を支援する福祉施設で働かれていますが、そのわけは
柳尾:ボクシングがやりやすい環境で仕事を探していて見つけたので、福祉に特別な思いがあったわけではありませんが、今は、障がいを持った人たちの人生を少しでも手助けしたいなとやりがいを感じています。
―それでは、引退した後には福祉の仕事をされますか
柳尾:福祉とボクシングが融合した仕事ができればと思っています。ボクシングができる施設を自分で開いて、障がいがある人にも体験をしてもらい、スポーツの楽しさを伝えたいですね。そういう意味では福祉系の仕事にも今後ずっとかかわっていきたいなと思っています。
―今後の抱負を教えてください
柳尾:まずは日本チャンピオンになってベルトをまくことです!プライベートでは結婚して子供も欲しいと思っています。しかし、結婚するには性別を変えなくてはいけません。そのためには、手術やホルモン注射など身体への負担が大きい。ですから、性別を変えずに結婚できる同性婚を法律的に認めてほしいと思っています。
―精神的に男性であることと、身体的には女性のままであることに葛藤はないのですね
柳尾:学生時代は心身ともに変えたいと思っていましたが、今は、心は男性、身体は女性でいいと思っています。無理に身体を男性に変えるリスクを負うよりは、健康な今の身体のままでいい。だから、男性の身体になりたいとは今は思っていません。
―引退した後で仕事面ではどういったことを考えていますか
柳尾:先ほど話したようにジムを開きたいと思っています。LGBTQの当事者も安心できるように、更衣室やトイレなどにも配慮した施設にしたいと思っています。
―読者へのメッセージをお願いします
柳尾:6月26日(木)に後楽園ホールでの次の試合が決まりました。女子だけのプロクシングで世界戦もあり、面白いカードもたくさんあるので、これを機に女子ボクシングに興味を持っていただければと思います。ぜひ、後楽園ホールにお越しください!
現代社会は、地縁、血縁、社縁(職場の縁)が希薄になり、個々人がバラバラに分断され、多くの人が孤立するようになりました。そんな社会を修復するにはどうすればいいか。その一つの解が、新たなコミュニティを創造することだと思っています。