川崎市のまちづくりの仕掛け人・中村茂さん

川崎市のまちづくりの仕掛け人・中村茂さん

川崎市は「音楽のまち」として今年20周年を迎えました。10年前からは、「かわさきジャズ」も開催されています。一方で、「ソーシャルデザインセンター」の設置など新たなまちづくりも推進されてきました。そんな試みの仕掛け人・中村茂さん(川崎市前市民文化局長、現川崎市文化財団理事長)にお話を伺いました。


「音楽のまち・かわさき」の起爆剤ミューザ川崎シンフォニーホール

―「音楽のまち・かわさき」というキャッチフレーズを掲げてから20周年になりますね

中村:具体的なきっかけは、やはりミューザ川崎シンフォニーホールがオープンしたことですね。これだけ大きな規模の公共施設をつくっておしまいということではなくて、これからが逆にスタートであって、日本でも指折りのホールをまちで生かしていかない手はないと考えたわけです。

 

その際、新しいステーツメントが必要だろうということで考えだされたのが、「音楽のまち・かわさき」でした。ただ、それはミューザ川崎だけで成り立つわけではありません。


洗足学園音楽大学や昭和音楽大学、市民オーケストラとして川崎市のオーケストラ連盟に加盟している団体が4つもあり、さらには市民合唱団も114団体が川崎市合唱連盟に加盟しているという背景もあります。

 

また、「かわさきジャズ」が今年で10回目ですが、ジャズを通して人と人、地域と地域の橋を架けることを主眼としています。音楽を通して人生の豊かさをサポートしていく…そうすれば結果として、まちの賑わいも出てくるんだと思います。

ミューザ川崎シンフォニーホールのオープンから「音楽のまち・かわさき」は始まった
(撮影:N.Ikegami/川崎市文化財団提供)

色々なアートを様々な人たちが楽しめる「アート・フォー・オール」

―川崎市が今、掲げている「アート・フォー・オール」という施策に通じますね

中村:川崎市は「音楽のまち・かわさき」以外にも、「パラアートかわさき」といった障害のあるなしにかかわらずアートの扉を開くなど、色々な文化・芸術の分野で様々な人たちがアートを楽しめることができるような試みを「アート・フォー・オール」として推進しています。

 

さらに「こと!こと?かわさき」という事業を立ち上げ、東京藝術大学と協定を結んで、アートを介して人と人をつなぐ役割を果たす人たち…アートコミュニケータ「ことラー」を育成する講座を、この4月から開いています。

 

アートを通じて、対話のある社会や多様性が尊重される社会、より包摂性が高く社会的な孤立がない社会づくりのようなものを実現していくことが、「音楽のまち」や「映像のまち」の次の段階なのかなと思っています。

 

これが実は新しいミュージアムにもつながっていきます。台風被害にあって休館した川崎市民ミュージアムの代わりに、生田緑地にある向ケ丘遊園の駐車場の跡地に、バラ園と一体的に新たなミュージアムを整備することで、より魅力ある空間づくりを目指しています。

 

この計画では、「まちなかミュージアム」という基本構想を打ち出していて、新たなミュージアムが拠点施設として既存の公共施設や民間のアートスポットと連携し、緩いネットワーク型ミュージアムとして「アート・フォー・オール」を実現していこうとしています。

―他方、市民の手作りアートを行政はどう支援していますか

中村:川崎市文化財団ができることには限界がありますが、たとえばパラアートを推進公募型事業委託という形で、色々な応募の中で選定して採択された事業として、支援を行っています。また、全区役所に提案型事業制度というのがあって、区の提案事業として、アート系の助成事業が増えてきています。

 

さらにかわさき市民活動センターのかわさき市民公益活動助成金制度でもアート関連の事業を助成しています。公的セクターが資金的な支援をしていますが、広報的な情報発信での支援や助言、コーディネートなど、まだまだやれることやるべきことはあると思っています。

 

市民の手作りアートも支援している

トライ&エラーで最適化を目指す「ソーシャルデザインセンター」

―一方で川崎市独自のまちづくりも推進していますね

中村:従来、区民会議というのがあって、612年やってきて、初期には色々な課題に対する成果を出していました。しかし、社会課題が複雑化する中で、区民会議の在り方を見直しなさいという提言をいただいて、検討が始まりました。

 

2005年に川崎市で自治基本条例が施行され、市民が主役であり、「情報共有」、「参加」、「協働」の3つの自治運営基本原則が定められました。ですから、市民自治が基本です。


高度成長期の右肩上がりの時代は、税収も伸びていく中で、公的セクターが税財源を再配分することで地域課題が解決できた時代です。小学校が足りないから建てるといったことから、上下水道を整備するなどが典型的な例です。

 

ただ、そうしたこれまで通りの旧来型の行政手法では解決できない複雑な課題が広がる中で、行政も変わらなくてはいけない。やはり、市民の方々が自ら地域の課題に向き合って、解決していくやりかたの方が、そもそもの市民自治の在り方としてふさわしいのではないかと考えたわけです。

 

そのために、各区に「ソーシャルデザインセンター」が設置されたのですが、地域に向き合う新しいセンターをつくるにあたっては、市民の皆さんと一緒に悩みながら、時には失敗してもいいから、トライ&エラーでよりいいものを最適化してつくっていく余白のある仕組みにしようという考えがあります。

 

そういう考え方そのものを「市民創発」と言っています。自治基本条例に定められた「情報共有」、「参加」、「協働」という基本原則だけでは乗り切れない様々な地域の課題を「市民創発」という新しい政策概念を共有することで、これからの未来をつくっていきましょうというメッセージを込めています。

中原区ソーシャルデザインセンターでは「YORIAI」という定例会が開かれている

選択性のある社会を築くことがまち全体を豊かにする

―成熟した市民社会では「ちいさきもの」にこそ可能性があるそうですね

中村:ようやく定常型の社会というか成熟した市民社会になりつつあると思っています。そうした社会で、人が本当に大切にすべきことは何なのか、「他者と生きる」ということはどういうことなのか、小さな関係性が豊かであればあるほど、その人の人生のウェルビーイングは高まっていくと思います。

 

まちの中の小さなイベントなどの現場に考えるべきヒントがある、感じ取るべきことがある、もっといえば、そこに課題もあると思っています。ですから、そこはなるべく自分の目で見て、人と話し、声として聞いて、感じ取ることを原点にしないといけないと思っています。

―すでにある資源を組み合わせることで、新たな価値が生み出されるとか

中村:「ないものねだり」ではなく、すでにある資源をきちんと再発見をする必要があると思います。そうしたものを磨き直し、単独の資源としてではなく、掛け合わせることによって、より可能性が広がるのではないでしょうか。

 

たとえば、あまり使われてこなかった町内会館を、学習支援やこども食堂の場として使うなどマッチングすれば、お互いの活動の幅が広がるわけです。それは町内会への理解とか世代交代にもつながっていき、いろんなことが連鎖的に動いていきます。

―ひとりひとりの自己実現がまち全体を豊かにするそうですね

中村:選択性のある社会を築くことですね。アートでも環境問題への取り組みでも単なる趣味のサークルでもいいのです。人それぞれの居心地の良い、自己実現できる場所があっていい。1本の太い綱としてのセーフティネットよりは、100本の細い糸があった方がいいのです。

 

行政のセーフティネットとして、生活保護制度などの社会的な制度も必要ですが、それだけではなくて、市民の皆さんが、地域の中でいろんなネットワークを持つことが、実は重要なセーフティネットだと思っています。そうしたチャンネルや場所、空間みたいなものの選択の可能性を少しでも広げていくことが大事ですね。

―今後の抱負を教えていただけますか

中村:今まで立ち止まって考えるとか、静かにゆっくり考えるといったことが大事なのはわかっていても、いつもがむしゃらに走ってきたことを常に反省していました。そういう意味では、還暦を迎えて、今まで気づかなかったこと、気づけなかったことを感じとれるだけの働き方をどういう風にしたらいいのか悩んでいます。

―読者へのメッセージをお願いします

中村:生まれ育った川崎っていいまちだなって思っていますが、私が知らない良さがまだまだあって、それをこれからもいろんな人と一緒に見つけていきたいと思っています。

この記事のライター

現代社会は、地縁、血縁、社縁(職場の縁)が希薄になり、個々人がバラバラに分断され、多くの人が孤立するようになりました。そんな社会を修復するにはどうすればいいか。その一つの解が、新たなコミュニティを創造することだと思っています。

関連する投稿


マルチな才能を発揮する「KOSUGI CURRY」の奥村佑子さん

マルチな才能を発揮する「KOSUGI CURRY」の奥村佑子さん

映像会社から転身し、一念発起して創作カレー屋を始めた奥村佑子さん。食と映像作品が融合したフードエンターテインメントを提供することが夢だとか。一方で「武蔵小杉カレーフェスティバル」を立ち上げて、大成功させています。また、2019年に食べログ「カレー百名店」に選ばれて以来、川崎市ランキングでは不動の1位に。そのマルチな才能についてお話を伺いました。


シェアキッチンや子ども食堂など多彩な活動を展開する「木月キッチン」

シェアキッチンや子ども食堂など多彩な活動を展開する「木月キッチン」

2011年の東日本大震災の衝撃で、「いつどうなるかわからない。後悔しない生き方をしよう!」と元住吉で飲食店「木月キッチン」を始めた時田正枝さん。股関節を怪我したきっかけでお店をシェアするというユニークな展開に。一方で、子ども食堂などを運営して地域の社会貢献活動にも積極的です。その多彩な活動についてお話を伺いました。


「能力の見える化」で障がい者雇用の促進に邁進するダンウェイの高橋陽子さん

「能力の見える化」で障がい者雇用の促進に邁進するダンウェイの高橋陽子さん

18歳以上の障がい者のうち、約6%しか週に20時間以上の雇用がなされていません。なぜかといえば、障がい者には仕事ができないという固定観念があるからです。そこで、障がい者の能力を見える化すれば、雇用は促進されると考えたそうです。どうすれば見える化できるのか、武蔵新城にあるダンウェイ株式会社の代表取締役社長・高橋陽子さんにお話を伺いました。


市民に開かれたラジオ局を目指す「かわさきFM」の大西絵満さん

市民に開かれたラジオ局を目指す「かわさきFM」の大西絵満さん

DeNAでは人事本部に配属されて経営者と同じ目線で組織を俯瞰するスキルを身に着けた大西絵満さん。かわさきFM(かわさき市民放送株式会社)に代表取締役として出向して、市民に開かれたラジオ局を目指し、次々と新たな番組作りに着手しています。どのような試みをしているのか、お話を伺いました。


ワーク・ライフ・ソーシャルを人生の3本柱に据える「イクボス」の川島高之さん

ワーク・ライフ・ソーシャルを人生の3本柱に据える「イクボス」の川島高之さん

川島高之さんは11年前、上場企業の社長や総合商社の管理職時代に心掛けていたことを「イクボス」の定義・10ヶ条としてまとめあげ、世に出しました。すると多くのメディアで取り上げられ、瞬く間に全国に広がりました。川島さんいわく、ワーク・ライフ・ソーシャルという3本柱の生活を送ることで、しなやかで豊かな人生になるそうです。<br> <br> また、本業の商業施設Classense(クラッセンス)武蔵小杉の運営でも地域に還元できるイベントを開催して地域貢献を増やしていくとのことです。そこで、いわゆる「ソーシャル」活動がいかに大事か、お話を伺いました。


最新の投稿


【川崎市】2025年5月のイベント情報

【川崎市】2025年5月のイベント情報

5月はゴールデンウィークをはじめ、家族で楽しめるグルメフェスや自然を感じるスポーツイベント、文化や音楽にふれる企画など、この季節ならではの楽しみが盛りだくさん!初夏の風を感じながら、心おどる5月のイベントに出かけませんか?※イベント情報は予告なく変更になる場合がありますので、お出かけ前に必ずイベントや施設の公式HPにて最新情報をご確認ください。


【武蔵小杉】おすすめの鍼灸院8選を紹介|料金相場や評判など解説

【武蔵小杉】おすすめの鍼灸院8選を紹介|料金相場や評判など解説

「川崎市武蔵小杉で鍼灸院を探しているけど、どこがいい?」そんなお悩みをお持ちではありませんか? 本記事では武蔵小杉とその周辺エリアにある、おすすめの鍼灸院を8店紹介します。各店の特徴から、料金相場、口コミまで徹底解説します。 武蔵小杉で鍼灸院をお探しの方は、ぜひ本記事を鍼灸院選びの参考にしてください。


「交流保育」&「親子でランチ」で中原区の保育園を親子で体験!

「交流保育」&「親子でランチ」で中原区の保育園を親子で体験!

(2025年4月16日更新)中原区の公立保育園3園(中原保育園・下小田中保育園・中丸子保育園)では、親子で保育園生活を体験できる「交流保育(ランチなし)」や「親子でランチ」が開催されています。この記事では、「交流保育」の内容や参加方法などをご紹介します。


中原区の「子どもの発達支援セミナー」で悩みや不安を解消しよう!

中原区の「子どもの発達支援セミナー」で悩みや不安を解消しよう!

(2025年4月16日更新)中原区では、子どもの発達に関する悩みを抱える保護者の方に向けた「子どもの発達支援セミナー」を定期的に開催しています。この記事では、セミナーの内容や参加方法、令和6年度の開催日程についてご紹介します。


中原区のお子さま向けアレルギー相談を専門医が無料で実施!

中原区のお子さま向けアレルギー相談を専門医が無料で実施!

(2025年4月16日更新)中原区役所では、専門医による無料のアレルギー相談を実施しています。お子さまのアレルギーに関する不安を解消するため、専門医が相談に応じ、保健師・看護師・栄養士が生活の工夫についてアドバイスします。この記事では、アレルギー相談の実施期間や予約方法についてご紹介します。


広告募集ページ
区民ライター募集