■コミュニティに参加することによる様々な効果・効用
―血縁・社縁・地縁が希薄化しています。どういう構造変化がありますか
呉:血縁でいえば、平成のおよそ30年間で大家族や親戚づきあいを頼りにするという割合が、ゆっくりと下がってきました。社縁(職場の縁)は、高度経済成長期には終身雇用・年功序列で雰囲気としても家族的経営が背景としてありましたが、それもバブルの崩壊によって成果主義に変わっていき、頼れるセーフティネットではなくなってきました。
地縁においては、地域づきあいや隣近所づきあいが、どちらかといえばわずらわしくなっています。町内会も加入率自体はまだ劇的に下がっているわけではないのですが、参加する割合が相当下がっていて、清掃活動やお祭りなどに参加する割合が年1回になる、あるいはまったく参加しない割合が増えてきています。さらに高齢化が進み、世代交代ができにくくなっています。
これらはしがらみやわずらわしさからの解放でもありますが、裏返せばセーフティネットのはく奪という側面を持っています。社会学的に言えば「個人化」した結果、自殺の増加の要因になったり、孤立死を引き起こしています。さらに児童虐待も孤立化した子育てが背景にあると言われています。
町内会も高齢化が進み世代交代が難しくなっている
―一方で、コミュニティに参加する効果・効用はどういったものでしょうか
呉:日本老年学的評価研究機構が出している様々な高齢者の社会参加についての研究では、家族以外の他者との交流頻度が高い方が、要介護状態になりにくいという統計が出ています。また、市民活動や地域活動やサークル活動などに参加している人の方が、うつ傾向の発症が抑えられるそうです。
さらに、コミュニティに参加している人ほど、幸福度が高く、ソーシャルキャピタル(つながり資本)が豊富だと、教育にも効果があり、治安もよくなるという調査結果も出ています。
■心の傷からの回復や自己実現・社会貢献という力
―コミュニティが持つ力やコミュニティが生み出す価値は何でしょうか
呉:僕の原体験から話をすると、大学時代にボランティアサークルに出会い、そこで4年間を過ごしたのが、人生のすべてを変えた大きな体験で、今、CRファクトリーをやっている一番の要因です。10代の自分は、積極的に人生を生きていきたいなと思える人間ではなかったのです。
明日、地球が崩壊しても、それは仕方ないなと、明日が来ることを望んでいる感じではありませんでした。この人生、何のために生きているのか、答えが見い出せなったのです。ところが、大学に入ってボランティアサークルに出会い、そこには僕のことをあたたかく受け入れてくれる感じとか、お互いに人の話を聞き合う文化がありました。
また、いままで、親にも友達にも言えなかったことを言えてしまう空気があって、言ったことを受け入れてくれ、共感してくれました。このコミュニティで繰り広げられる体験や関係性が積み重なってきたときに、「人生をもっと生きていたいな」と思いました。僕の中では180度人生観が変わるぐらいの体験を4年間かけてしました。
実際、CRファクトリーを始めて、色々なコミュニティの現場に関わっていくと、あたたかいコミュニティに恵まれることで、絶望していた人生観やいろんな心の傷が、あたたかいコミュニティの関係性の中で回復していくという効果がすごくあると思っています。
もう一つは、力の発揮で、あたたかく包まれて回復していくと、今度は自分のために何かしたいという気持ちやコミュニティや仲間のために何かしたいという気持ちがわいてきて、力を発揮しようという現象がよく見られます。
最後には、それが自己実現といった自分のためのものでもありますが、誰かのために、あるいは社会のために恩返しや恩送りをしたいという社会貢献の気持ちが湧き起こったりします。
コミュニティには傷ついた心を回復させるなど様々な力がある
■非営利組織の運営の難しさは「温度差」
―これからの社会で必要とされるコミュニティとは
呉:バラバラになった個人が社会参加をするコミュニティがちゃんとあること、多様なコミュニティが豊富に社会や地域にあることによって、自分に合ったコミュニティに参加するという社会参加の受け皿になるということが、これからのコミュニティにはとても必要です。
2つ目は、居場所になってほしい。コミュニティは居場所の機能が大事で、活動を通して、誰かにとってのサードプレイスとしての居場所になるというコミュニティが増えていってほしいです。
3つ目は、応用編とも言えますが、コミュニティはある意味、社会教育というか人を育てる力があるんです。ミーティングをしたり、チームをまとめたりすることが必要になってくると、コミュニティ活動力として、市民活動やコミュニティ活動を運営できる人を育てる機能があります。さらには、そういった人材を社会に輩出するというのも、コミュニティの大事な機能です。
―非営利組織の運営の難しさは何でしょうか
呉:温度差ですね。メンバーの中での理念共感の差であったり、主体性とかモチベーションの差、成果に対するこだわりの差であったり、メンバー内には温度差がすごくあります。その温度差をどうするかが一番難しいところですね。
また、多様性という面では、いろんな人の関わり方の多様性があるし、使える時間の多様性もあり、スキルも違うなど、考え方も含めて多様な人たちとやっていくことは、特に地域であればあるほど、重要になってきます。
さらに言えば、流動性があり人が入れ替わりやすいということもあります。頼りになった人が出産や転職などで、人生のニーズが変わってしまうこともあるので、温度差、多様性、流動性が難しさの原因です。
私たちは「強くてあたたかい組織・コミュニティ」という概念を提唱していますが、もともとやりたいことがあって立ち上がった組織なので、その目的に向かって成果が出ているかとか、一定のスピード感があるとか、推進力があるとか、前に進む力強さということが求められます。
他方、あたたかさでいえば、関わっているメンバーが活動を楽しんでいるか、居心地がいいと感じているかといったウェルビーングも大事です。強さと関わる人のウェルビーングの両方を兼ね備えることがすごく重要です。
様々な人が集まる非営利組織の運営は難しい
■コミュニティマネジメントのポイントは「主客融合・主客交代」
―コミュニティマネジメントの基本原則は何ですか
呉:コミュニティマネジメントのポイントは主客融合・主客交代です。提供側の主体と受け手のお客さんが混ざり合うとか、スイッチして交代するのが、コミュニティの大きな原理です。ですから、提供側がやりすぎないことが大事です。
お客さんのままにしておかないで、ちょっとずつ受付を手伝ってもらうとか、写真を撮ってもらうとか、片づけを一緒に手伝ってもらうとか、一緒にコミュニティをつくっていくメンバーとして舞台に上がってきてもらい、役割・出番をコーディネイトすることが重要です。
―おカネ以外の報酬が大事ですね
呉:非営利組織やボランタリー組織は、おカネを介さないことが多いので、おカネ以外の報酬、非金銭的報酬がすごく大事です。それは、活動に参加すると学びが多くて成長できるとか、いろんな出会いがあるとか、居場所や仲間がいるとか、経済活動では得られないおカネ以外の報酬がすごく大事になってきます。
―今後の抱負をお聞かせください
呉:来年、2025年9月がCRファクトリーの設立20周年です。やっとスタートラインに立てたなという感じがしているんです。「日本全体のコミュニティを豊かにするんだ!」という途方もない情熱の下で、団体を立ち上げてここまでやってきました。
この5年ぐらいで、やっと発言権を与えられたと感じていて、ここから勝負だなと思っています。次の10年、20年とかけて、より現代的な21世紀型のコミュニティの再編成に挑んでいくというのが、今の野望です。
―読者へのメッセージをお願いします
呉:自分に合ったコミュニティとのつながりに恵まれることで、人生はものすごく生きやすく、豊かに楽しくなります。それは一つだけではなくて、家族や会社、自分が好きな趣味のコミュニティ、心を動かされる市民活動だったりしますが、コミュニティのポートフォリオ(組み合わせ)をつくれば、人生は生きやすくなると思います。
呉哲煥(ご てつあき)さん
「すべての人が居場所と仲間を持って心豊かに生きる社会」の実現をビジョンに、NPO・市民活動・サークル向けのマネジメント支援サービスを多数提供。セミナー・イベントの参加者は8000名を超え、毎年多くの団体の個別運営相談にのっている。CRファクトリー代表理事。コミュニティマネジメント塾主宰。コミュニティキャピタル研究会共同代表。一般社団法人幸せなコミュニティとつながり実践研究所共同代表理事。株式会社COMMUNITY代表取締役。
現代社会は、地縁、血縁、社縁(職場の縁)が希薄になり、個々人がバラバラに分断され、多くの人が孤立するようになりました。そんな社会を修復するにはどうすればいいか。その一つの解が、新たなコミュニティを創造することだと思っています。