■業績や組織への貢献度を下げない「ワークライフバランス」を提唱
―川島さんが三井物産在籍時代には「イクボス」的な上司は珍しい存在だったのでは
川島:11年前、私が作り世に出したイクボスの定義と十か条がこれだけブレイクしたということは、逆に言えば珍しかったんでしょうね。NHKの「クローズアップ現代」で私が特集されたり、日経新聞など大手メディアにも連日のように掲載されました。
―一気に社会に広まった要因は何だとお考えですか
川島:ワークライフバランス…子育てや趣味、ボランティアなど私生活の時間をとれる職場にしましょうという話をする際に、業績や組織への貢献度は下げないことを前提にしたからでしょう。私生活時間を充実させるということは、仕事時間を減らすことになります。分母が仕事時間で、分子が仕事の成果だとすれば、10分の10でやっていたのを、7分の10、6分の10にしようということです。
要は、厳しさを兼ね備えようということです。それを最初から前面に出したので、社会が受け入れてくれたんだと思います。単純にワークライフバランスをやりましょうというだけのことであれば、「そんなことをしたら会社が潰れるだろう」とか「なに、甘っちょろいことを言っているんだ」と言われて、相手にされなかったと思います。実際、イクボス企業同盟には数千社が加盟、川崎市を始め「イクボス宣言」をした自治体などは数百とも言われています。
具体的に上司や経営者がやるべきイクボスの心得とは、大きく分けて5つあります。いずれも主語は「上司が」、①部下のやる気と主体性などを高めること、②様々な覚悟を持って働き方改革を先導すること、③膨大な資料や会議など職場のムダを削減すること、④お互い様でカバーし合う組織にすること、⑤仕事の心得を全体に浸透させることです。この①~⑤にはそれぞれ、具体的なことが10個以上あり、合計すると数十個の心得となり、それらを講演(年間200回程度)などでお話しています。

三井物産の系列会社の社長時代に部下から誕生日をお祝いされる川島さん
■ソーシャル活動は仕事の能力アップにつながる
―人生の3本柱のひとつとして、なぜソーシャルを重視していますか
川島:まず、ボランティア、NPO、地域活動など給料をもらわない社会貢献をソーシャルと呼んでいます。もともと私はソーシャルに興味がなかったのですが、息子の入った少年野球のコーチとかPTAなど地域活動をやるようになったことでソーシャルの意義や楽しさを実感し、その延長線として子育て・子ども関係のNPOを複数、代表や理事なども担ってきました。また内閣府、神奈川県、横浜市などの男女共同参画委員、文部科学省の学校改善アドバイザーなど、公的な委員も歴任してきました。
最初から意図したわけではなく、やる意義とやりがいの両方が高いなと思い活動をしているうちに、気が付いたらソーシャルが大きな柱になっていました。
―三井物産の系列会社の社長などをしていれば激務だと思いますが、よく両立できましたね
川島:後になって気づいたのですが、ライフやソーシャルをやっていたことで、自分の仕事能力が高まったなと思うのです。もちろん仕事能力アップのためにPTAやNPO、子育てをやったというわけではないのですが。
例えばPTA会長の経験が組織マネジメントの能力を高めてくれました。PTAは会社と違って、お金や権限で人を動かすことが出来ません。ママさんなどPTA委員たちの話を聴き、多様な意見をまとめ、落としどころを見つけ、無給でも各自のヤル気を高め、前に進めて行くことがPTA会長には求められます。
私の常套句は「MBAよりPTA」です。NPOも同じです。少年野球のコーチ経験が部下の育成能力の向上に、家事育児の経験が段取り力とマルチタスク力の向上になど、ライフやソーシャルの経験による仕事能力アップの例はたくさんあります。
―逆にビジネス上の経験がソーシャルに活かさるということもありますか
川島:新規事業の企画や進め方、ファイナンスや資金管理、コンセンサスの取り方や会議のファシリ、パワポ作成やクラウド活用などのICT技術、その他ビジネスで日々やってきたことはそのまま、PTAやNPOでも有用であり、大きく役立ちました。

地域の少年野球を始め、PTA活動などにも力を注ぐ
■コミュニティ・スクールでシニア世代の力を活かす
―地元の小学校、中学校でコミュニティ・スクールの会長もされていますね
川島:コミュニティ・スクール(コミスク)というのは文部科学省の制度で、地域参加型の学校運営です。典型的なコミスクは、校長先生、地域の町会長さん、元PTA会長さんたち十数名が年3回程度集まって、学校の現状について意見交換しています。
それだけでもいいのですが、私は、せっかくこういう制度があるならば、もっと具体的な活動をして、目に見える効果を生み出せるようなコミスクにしたいなとの思いから、小学校、中学校それぞれで、初代のコミスク会長を受けることにしました。私たちのコミスクでは、教職員をサポートすることで子ども達の笑顔を増やすことと、地域の人たちの活躍の場を創設することを、活動の目的としています。
具体的な背景として、学校の働き方改革により教職員の勤務時間が減り、共働きの増加により保護者のPTA参加が減り、コミュニティの希薄化により住民の学校参画が減っています。これらを総合すると、「大人は、我が子以外の子ども達に接する時間が減少」=「子どもは家族以外の大人と接する時間が減少」しているのです。それらによる「最大の被害者は子ども達」であることは、言うまでもありません。
一方、増えていることがあります。それは定年退職した男性や子育てを終えた女性など、いわゆるシニアたちの自由な時間です。その人たちの時間や経験・英知・スキルなどを、減ってしまった上記のような大人たちの代わりになってもらうのです。さらに、子ども達との活動や学校に参加したシニア達にとって、それらが生きがいの場、第三の居場所になればいいなとも思っています。
■本業のクラッセンス武蔵小杉の運営でも地域への貢献をめざす
―ところで昨年オープンした商業施設「クラッセンス武蔵小杉」はどういうコンセプトですか
川島:地域のために地域と一緒に、地域と共存する、地域に親しんでもらえる施設にしたいというのが強い気持ちです。そこで、この施設を運営しているわが社として、地域やコミュニティへの貢献として何が出来るかを考えました。
先日のオープニング時にトライアルしてみて好結果だったのが、駐車場スペースを利用したイベントです。地域向けの様々なイベントを開催することで、地域の人たちが店舗の利用以外でも来たくなるような仕掛けをやっていきたいなと考えています。
言い換えますと、こんなことをやってみたいなど、ご意見やご希望があれば是非教えて下さい。今ある駐車場スペースのみならず、施設内の各所で、イベント・催事・ワゴン・ワークショップなどが出来るように整えていく予定です。

多種多様なテナントが入るクラッセンス武蔵小杉
地域の保育園児のための「クラッセンス子ども花壇」も設置
―今後の抱負をお教えください
川島:ワーク・ライフ・ソーシャルが、私の生活の中で混在してきました。ワーク(しごと:お金を得る仕事)、ライフ(私ごと:家事・育児・趣味など)、ソーシャル(社会ごと:ボランティア・地域活動など)は、互いにシナジーありますが場としては別々でした。それが今は、場も一緒になりつつあるのです。
クラッセンス武蔵小杉という場で、ワーク(社長業)、ライフ(子ども関連)、ソーシャル(地域貢献)という3つの要素が一つに合わさっていく感じです。ですから、今やっていることが、天職であり天命なのだなと感じています。
クラッセンス武蔵小杉には、株主や社員がいますので、きちんと利益を上げなければいけませんが、そのためにもソーシャル活動が不可欠です。コミュニティ・地域への貢献が来場者の増加と施設ブランドの向上につながり、それらがテナントの満足度を高め、結果的にクラッセンスの収益アップになるという好循環です。社員もテナントも地域も三方良し、みんなハッピーになるのかなと思っています。
―読者へのメッセージをお願いします
川島:ボランティア活動、NPO活動、PTAなど様々なソーシャル活動のどれかに参加することをお勧めします。最大の理由は、自分の幸福感が高まるからです。ソーシャル活動をすれば、感謝され、ネットワークが広がり、友達が増えます。また、自分の能力を社会に還元するって、すごく嬉しいことで、達成感もあります。
ソーシャル活動をコスパ、損得、メリットデメリットで考えず、自分が関心のあることとか能力を発揮できること、自分の身近なことで何でもいいので参加してみることをお勧めします。結果的に生活がワーク・ライフ・ソーシャルの三本柱となり、人生を豊かにします。3本柱は強くしなやかです!
現代社会は、地縁、血縁、社縁(職場の縁)が希薄になり、個々人がバラバラに分断され、多くの人が孤立するようになりました。そんな社会を修復するにはどうすればいいか。その一つの解が、新たなコミュニティを創造することだと思っています。