■児童虐待のケースを相談されて一念発起
―「いいんだよひろば」をやろうと思った経緯は
須山:川崎市の乳児院併設の児童家庭支援センターでは、児童相談所に行くほどではないが育児が困難なケースの相談を受け付けています。
そこで2年前に臨床心理士として、育児相談の仕事をはじめ、色々なママやパパの相談を聞いていました。その中である親子さんがいて、忘れられない出来事があり、それがきっかけで自分でも子育て支援を始めようと思い、昨年4月に子育て支援グループ「いいんだよ」を立ち上げ、10月から「いいんだよひろば」を始めました。
―忘れられない出来事とはどういうことだったのですか
須山:相談者の方はどこにでもいる普通のママで、しっかりしていて社交的で感じのいいかたでした。相談は、子どもを預かってくれる場所はないかということから始まって、「実は…」ということになりました。
その方が子どもにひどいことをしていると話されたのです。子育てが大変で、あることがきっかけで、さらにストレスがかかり、子どもに強く当たってしまうという相談でした。
それを聞いて悲しくなってしまいました。こんなに一生懸命生きてきて、自分の家族をやっと作ったのに、また苦しい思いをしなければいけないのかと。目の前でそういう方のお話を聞いて、何か自分なりにやらなければと思ったのです。
■子どもから目を離せる場を提供
―臨床心理士、公認心理師の資格はどうしてとりましたか
須山:もともと父親が大学2年生の時にガンで急死してしまって、その時に人の心とはとか、生きるとはということに興味がわき、カウンセラーなど心理にかかわる仕事をしたいと思ったのです。しかし、おカネがなかったので、いったん普通に就職して、おカネがたまってから心理学の大学院に行きました。
緩和ケアの仕事などをしたかったのですが、大学院を卒業するときに、就職先がなくて、病院に就職活動をしに行ったのですが、「病院ではないけれどここだったらあるよ」と教えられたのが、会社向けのメンタルヘルスサービスとやっている会社でした。
その後8年間ほど、カウンセリングやセミナー、人事のコンサルタントなどの仕事をしていました。この間にワーキングマザーとして子供を二人産んだのですが、結構、自分の子育てが大変で辛かったんです。その体験もあって子育て支援の仕事を始めることにしました。
目を離して仕事をしていても大丈夫
―「見守りつきのコワーキング親子サロン」ということですが、どういう意図がありますか
須山:親子サロンや地域子育て支援センターって、基本的に親子が遊ぶ場所です。お子さんから目を離さないでくださいね、危ないですよということで、親は子どもから目を離せません。
児童家庭支援センターなどで話を聞いていたら、ちょっとでも子どもから目を離せる時間があるだけで、だいぶメンタルも違うことがわかったので、コワーキングができるぐらい目を離しても大丈夫という場を作りたくて、見守りつきのコワーキング親子サロンとうたっています。
逆に言えば、子連れでコワーキングをできる場ってほとんどないじゃないですか。ですから、本当に子連れで仕事をしたい人も結構来てくれます。
■「いいんだよ」というネーミングの由来
―運営メンバーはどういう方々で、どういう風に出会いましたか
須山:コアメンバーは、私のママ友と地域活動を通じて知り合った人で、もともと仕事をしていたのだけれど、色々な理由で、今は会社を辞めて、フリーランスで仕事をしていたり、パートで仕事をしている人たちです。
フルタイムで仕事をしている人、会社員勤めをしていると、こういう時間も取れませんが、そういう方が何人かいて、手伝ってもらっています。また、子育てがひと段落ついたから手伝いたいというような方がちらほら出てきてくださっています。
副代表の髙橋千恵さんは、中原区から助成金をいただいて、川崎市や東京都、横浜市などで、ユニークな活動をしている団体を8カ所くらい視察した際に、「視察に行くので、どなたか一緒に行きませんか」とSNSで呼びかけたら来てくれて、それ以来、仲良くなってもう一人の方と一緒に子育て支援グループ「いいんだよ」を立ち上げました。
―「いいんだよ」というネーミングには、どういう思いを込められていますか
須山:冒頭の児童家庭支援センターで働いていた時にママたちから色々な相談を受けるのですが、本当にママたちは頑張っています。
当時、何人か同僚の相談員がいたのですが、みんな相談者に「大丈夫、よくやっている。それでいいんだよ」と言葉を返すのが仕事で、仲間内では「私たちはいいんだよおばちゃんだね」と言っていました。それがネーミングのもとになっています。
専門家を招いてセミナーも開催
■今後はお子さんの一時預かりと相談の場をつくりたい
―仕事と子育ての理想的な両立はどんなものでしょうか
須山:週3日の仕事がいいねという話をよく耳にします。ずっと子供と向き合っていたら、それはそれで疲れるし、ちょっと仕事をしたい、あるいは自分のキャリアも気になる方が多いです。
また週5日のフルタイムで復帰した後、時短とはいえ買い物をして保育園まで迎えに行って、夕食を作り、9時過ぎには寝かすというような、時間に追われる暮らしは避けたいという声は多いですね。あとは家で好きな時間に在宅で仕事ができたらという声もあります。
―お母さん同士がママ友になるのも「いいんだよひろば」のような場が必要な時代ですね
須山:私が子育てしていたころは、公園に行くとおなじみの方と毎日会うことで、必然的に仲良くなったりしますが、コロナ禍で、誰しもがいったんほとんどの人間関係をシャットダウンしてしまったことは大きいですね。このおかげで、人と関わるのがちょっと怖いという心理状態になりました。
また、相手がどれだけの温度感でコロナ禍に対処しているのかとか、そういう探り合いが結構、面倒くさかったし、私の子育て時代は、子連れで遊びに行けるところが少なかったので、お互いの家を行き来していたりしましたが、コロナ禍で、家に呼ぶなどとてもできる状況ではありませんでした。
おひとり様暮らしは今の世の中ではそう大変ではありません。一人でも生きていきやすい時代ですが、子育てだけは一人ではできないものです。太古からの記憶でたぶん、一人で子どもを育てていると、不安になる仕様になっているんだと思います。
休みの日にずっと一人でビデオを観ていたりしていてもなんとも思いませんが、子育てとなると仲間が絶対に必要なんだけれど、その関係を作っていく手段が今は少なくなっているのだと思います。それは会社でもそうで、昔みたいな密な家族的な関係はなくなっています。
―今後はこの「いいんだよひろば」をどのように展開しようと思っていますか
須山:お子さんの一時預かりを始めたいと考えています。今は、ひろばにママがいてもらわないとダメなのですが、本当は、このひろばに預けてちょっと病院に行ったりだとか買い物に行ったり美容院に行ったりとかできたらいいなと思います。
また、相談をいつでも受けるよ、話を聞けるよと言ってはいますが、やはりこのひろばで、他の人がいる中では相談しづらいみたいなので、相談の場を別の日につくろうと考えています。
―読者へのメッセージをお願いします
須山:ゼロ歳から2歳のお子さんがいる方はぜひ一度、遊びに来てください!すごく温かくていい場所なので、癒されると思います。また、お子さんが大きくなって、手が離れたよという方には、ボランティアで見守りさんになってもらえたらと思っています!
「いいんだよひろば」ホームページ:https://iindayo-kawasaki.studio.site/
須山智子さんとの出会いの場:川崎市中原区100人カイギ
現代社会は、地縁、血縁、社縁(職場の縁)が希薄になり、個々人がバラバラに分断され、多くの人が孤立するようになりました。そんな社会を修復するにはどうすればいいか。その一つの解が、新たなコミュニティを創造することだと思っています。