効率性・機動性をより高める特別市
ー そもそも特別市とはなんですか?
末繁: 特別市制度は、川崎市が神奈川県の区域外となって、県の仕事も含めて全て担い、権限と財源を市に一本化し行政サービスを提供する制度です。
我が国の地方自治制度の歴史のお話になりますが、明治21(1888)年の市制町村制施行で、今の47道府県の形が確立され、その後、昭和22(1947)年に公布された地方自治法に「特別市」が規定されていました。しかし、当時の5大都市(横浜市、大阪市、京都市、神戸市、名古屋市)を抱える県や周辺の県などの反対によって、昭和31(1956)年に地方自治法が改正される形で特別市の規定がなくなり、現在の指定都市制度が規定されたのです。
決して「特別市」という言葉を初めて言っている訳ではなく、昔に規定されていた制度です。 47道府県の形は135年以上、指定都市制度は約70年もの間、変わっていません。
出典:川崎市 総務企画局「大都市制度・税財政調査特別委員会 資料」
末繁: 上図の左側を見て頂くと、現在の体制は、国があって道府県(広域自治体)があり、その下に指定都市と市町村(基礎自治体)という構造になっています。
指定都市と市町村で大きさが違うと思いますが、どれぐらい県から事務の移譲を受けているかで違いがあり、指定都市では県の仕事の8割くらいを担っています。
そして上図の右側の特別市では、県が担う領域がなくなっていますが、特別市は国と直接やり取りをしつつ、今まで県が担っていた広域自治体の仕事と今まで市が担っていた基礎自治体の仕事を両方行います。
「特別市制度」は川崎市だけが目指している訳ではなく、全国に20ある指定都市(札幌市、仙台市、さいたま市、千葉市、横浜市、川崎市、相模原市、新潟市、静岡市、浜松市、名古屋市、京都市、大阪市、堺市、神戸市、岡山市、広島市、北九州市、福岡市、熊本市)が一緒になって特別市の法制化を目指しています。
ただ法制化されたとしても、実際に移行するかどうかは各指定都市の判断となり、川崎市としては特別市に移行することまでを目指しています。
深刻な人口減少社会への危機感
ー 特別市を目指す理由やきっかけを教えていただけますか?
末繁: 先ほどお話したように、今の47道府県の形は135年以上、指定都市制度は約70年間、変わっていません。一方、社会情勢をみていくと、人口減少や災害の甚大化・頻発化、デジタル化の進展など、これまでとは変化のスピードが全然違うと感じています。
特に人口については危機感を持っています。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計だと2050年に1億人ちょっとになるという予測をしていますし、昨年の出生数は約69万人でしたが、団塊ジュニアの世代の出生数と比べると約1/3くらいになっていて、そもそも生まれる人数が減っています。
川崎市は2025年11月1日現在で約155万人で、まだ増加傾向にあり、人口ランキング24位の鹿児島県とほぼ同じ人口ですが、自然増ではなく転入などによる社会増で増えている状況です。
川崎市の人口は、今後、2035年の159.3万人をピークに減少していくと推計しています。そうなっていくと今まで通りの行政サービスを提供し続けることが難しくなってくることも考えられます。
どの分野でも人材確保が難しい状況だと思いますが、地方公務員も人材の確保が難しくなってきていますので、これからいかに基礎自治体としての持続可能な行政サービスを提供し続けるかというのは非常に大きな課題なんです。
出典:株式会社日本総合研究所「地方公務員は足りているか ― 地方自治体の人手不足の現状把握と課題 ―」
末繁: 今年の6月に報道発表させていただいているのですが、川崎市として初めて、特別市実現による経済波及効果というものを算出いたしました。川崎市内の効果が634億円、圏域の効果が576億円です。これは特別市に移行して新たに発生する経済活動を産業連関表を用いて机上で算出した数字です。(【報道発表資料】特別市実現による経済波及効果)
どうしてそんなことが起きるかといいますと、今まで県がやっていたことを市がやることにより政策の自由度が増すため、投資還元、行政手続きの迅速化、スムーズに進められる市街地開発、スタートアップの立地拡大といったように新たな経済活動の発生や好循環なまちづくりが促進されるからです。
我々は、東京だけでなく成長の核となる自治体が日本の中にいくつも出てくることが大事だと考えており、我が国全体の発展に貢献するために特別市が必要というスタンスで制度の実現を目指しています。
基礎的・不可欠で持続可能な行政サービスを提供
ー 市民にとってのメリット・デメリットを教えてください。
末繁: 信号機や横断歩道、止まれの標識など規制に関わるものは県が担当していて、スクールゾーンの表示やガードレール、カーブミラーなどは安全対策なので市が担当しています。
また、保育所や幼稚園で何かあった時の相談については、保育所は「市」、幼稚園は「県」が窓口になっていたり、就労支援などは県と市で似たような窓口があったりします。
特別市になると、そういった県と市で分かれている仕事を全て市が担うため、窓口が一本化され、きめ細かい対応を行うことで安全性と利便性を高められることがメリットだと考えています。
数年前、静岡県で通園バス置き去り事件が起きた後に、国から一斉安全点検を求められました。本来でしたら幼稚園は県が、保育所は市が確認することになりますが、あの時は神奈川県と川崎市が協議を行い、スムーズに対応するため川崎市が市内にある保育園と幼稚園を確認することになりました。ただ結果的に協議の時間が発生していますので、こういう所も効率化することによりスピーディーな対応が実現できると考えています。
川崎市は、市民の安全・安心のまちづくりということを方針にしていますので、特別市になることで市民の皆様にマイナスにならないよう、これからも協議を続けていく考えです。
良いことばかり言っているように感じられるかも知れませんが、課題はあるもののデメリットはないと思っています。
出典:指定都市市長会「多様な大都市制度実現プロジェクト」報告書(2025年11月)
ー 特別市の実現を目指すために、どのようなスケジュールで進められていますか?
末繁: 基本的には、「① 法制度化に向けて取り組む」⇒「② 法律を改正」⇒「③ 市民の皆さまの意見を聞き移行するかどうか判断する」という流れになります。
今我々は法制度化に向けて取り組みをしている最中です。法制化に向けて大事なステップと考えている「地方制度調査会」の審議項目にいれていただけるように、国や国会議員、関係団体などに対して様々な働きかけをしています。
この「地方制度調査会」は地方制度の検討を行うための内閣総理大臣の諮問機関でして、地方自治法に大きな改正があるときは、ここで調査審議されて改正につながっています。
この度、様々な取り組みが功を奏し、昨年11月に総務省が「持続可能な地方行政のあり方に関する研究会」を、翌月には研究会の下に「大都市における行政課題への対応に関するワーキンググループ」を設置しました。ワーキンググループでは、テーマの1つとして「特別市制度」が取り上げられていて、川崎市長も指定都市市長会の代表として出席し、有識者会議のヒアリングを受けて意見を述べさせていただいたりしています。
法制化にあたり、特別市に賛同していただいたり応援していただくことの前に、議論をする事が大事だと思っています。実際に、ワーキンググループだけでなく、経済同友会や全国市議会議長会指定都市協議会など様々な関係者とも議論を展開しています。
道のりはまだまだ長いのですが、これからも、少しづつ機運醸成に繋がっていく取り組みを継続していきます!
親切・丁寧に説明して下さった末繁さん
~ 参考資料 ~
川崎市のホームページで特別市について様々な情報が掲載されています。また、特別市について興味をお持ちの団体・サークルなどのグループ向けに出前説明会を実施しているようですので、よければご覧になってください。
